5月16日、東京主要6紙朝刊の1面タイトルと社説の要旨。
5月15日、首相の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)は、憲法解釈による集団的自衛権行使容認を基本とする報告書を安倍首相に提出した。これを受けて安倍首相は、現行憲法で集団的自衛権は行使できないとする憲法解釈の検討(見直し)を表明した。そして年内には憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認を閣議決定すると報道されている。
こうなれば憲法9条は死文化し、憲法のもとで政権が存立する立憲主義も事実上否定されることになる。自民党・安倍政権による憲法否定の無血クーデターと言えるかも知れない。恐ろしい政治状況である。
それに加え背筋が寒くなるのは、安保法制懇の報告と首相の会見が5月15日だということだ。この日は、42年前の1972年5月15日沖縄の施政権が返還された日、つまり本土復帰の日である。沖縄にとって本土復帰とは、米軍統治から日本国憲法のもとで平和と人権が守られることを意味した。しかしそれは裏切られた。その後の42年間、日米安保と米軍基地負担を押し付けられ、さらに今また辺野古に巨大な米軍基地が建設されようとしているのが沖縄の現実である。
そもそも安保法制懇は本年2月以降開催されていない。つまり報告と首相会見はいつでもできる状態だったのである。それをあえて5月15日としたことは、沖縄にとって、もっと過酷な状況が押し付けられる、あるいは標的にされるということを意味する。
しかし東京の主要6紙(朝日、読売、毎日、日経、産経、東京の各紙)でこうした観点からの記事は見当たらなかった。かろうじて東京新聞が沖縄平和運動センターのインタビュー記事を載せた程度である。こうして戦争ができる翼賛体制が築かれていくのかもしれない。
とは言うものの、立憲主義を押しつぶしてまでも前のめりで集団的自衛権行使に突き進む安倍政権に、危機感を持つ人々も多いはずである。そこで15日の報告と会見を受けた主要6紙の社説を読んでみた。社説はその新聞の基本思想だが、大きく隔たりのあるところに注目したい。
【朝日新聞】
1面見出し「専守防衛、大きく転換」
社説見出し「集団的自衛権 戦争に必要最小限はない」
社説要旨
・歴代内閣は、集団的自衛権の行使を認めるには憲法改正の手続きが必要との見解を 示してきた。
・安倍首相はこれを与党間協議と閣議決定で済まそうとしている。これは立憲主義からの逸脱である。
・集団的自衛権の行使は、どの様な前提や条件を付けても、日本が攻撃されたわけでもないのに自衛隊が武力行使する、つまり参戦することを意味し、日本の平和主義を根本的に変えるものである。
・集団的自衛権は行使するかどうかの問題で、必要最小限といった量的な問題ではな い。
・行使すればその時点で日本は相手国の敵国になる。
・解釈変更は内閣が憲法を支配するといういびつな統治構造を許すことになる。
・国民主権や基本的人権の尊重といった基本原理も政権の意向で左右されかねない。法治国家の看板を下ろさなければならなくなる。
・近隣諸国との関係改善を置き去りにした解釈改憲の強行は東アジアの緊張をさらに高める。
・懇談会の集団安全保障も認めるとの報告に対しては、「政府の憲法解釈とは整合しない」と言い、集団的自衛権は整合するというのはごまかしの論理。
・PKOやグレーゾーンにも触れているが、これらは一つ一つ丁寧に対応すべき。憲法9条の縛りは大切でこれを取り払うことが「戦後レジームからの脱却」とするならば看過できない。
【読売新聞】
社説見出し「集団的自衛権 日本存立へ行使「限定容認」せよ グレーゾーン自体法制も重要だ」
社説要旨
・報告書は日本の安全保障政策を大幅に強化しさまざまな緊急事態に備える上で歴史的な提言である。
・安倍首相は集団的自衛権を行使する政府の憲法解釈の変更を表明したがそれを支持したい。
・報告書は北朝鮮の核や中国の脅威に個別的自衛権だけでは限界があり、事例を挙げて集団的自衛権を行使の必要性を強調している。こうしたことに対処できなければ、日米同盟や国際協調は成り立たない。
・報告書は集団的自衛権の行使と限定容認論を併記し、集団安全保障への参加も可能としている。
・これに対して安倍首相は集団的自衛権の前面行使や集団安全保障は従来の憲法解釈と論理的に整合しないとし、限定容認論に基づき与党協議を進める方針を示した。公明党に配慮した政治的判断として評価する。
・従来の憲法解釈との整合を図り、幅広い与野党、国民の合意を形成するために限定容認論が現実的である。
・立憲主義の否定との批判があるが、内閣の持つ憲法の公権的解釈権に基づき、丁寧な手続きを踏み合理的な範囲で解釈変更することは問題ない。
・解釈変更は行使を可能にしておくことで日米同盟を強化し、抑止力を高めて、紛争を未然に防止することに主眼がある。
・グレーゾーン事態はいつ発生してもおかしくない。切れ目の無い対応として法整備の議論を深めるべき。
【毎日新聞】
1面見出し「集団的自衛権容認を指示、首相解釈変更に意欲」
社説要旨
・安部政権は憲法9条の解釈を変えて集団的自衛権行使を可能にし、他国を守るために自衛隊が海外で武力行使できる国に変えようとしている。
・根拠は首相の私的懇談会「安保法制懇」報告で、全員が行使容認派、憲法学者は1名だけで結論ありきといえる。
・歴代政府は憲法9条について、「戦争放棄や戦力不保持を定めているが自衛権までは否定していない。しかし自衛権行使は必要最小限度にとどめるべきで、他国への武力攻撃に反撃する集団的自衛権の行使は憲法上許されない」としてきた。報告書はこの解釈を180度変えるものである。
・報告の根拠は、憲法9条の政府解釈は戦後一貫したものではなく、憲法制定当事は個別的自衛権の行使さえ否定していたが、自衛隊が創設された年に認める解釈に変更したことを上げている。戦後の憲法解釈が定まっていない時期に変更したからといって、歴代政府が30年以上積み上げてきた解釈を変えていいということにはならない。立憲主義にも反する。
・それでも変えるとするならば憲法改正手続きで国民に問うのが筋だ。
・また、何のために行使するのかも明確ではない。報告書は中国や北朝鮮の脅威を強調しているが、憲法の平和主義が果たしてきた役割への言及は極端に少なく、憲法を守れば国が滅びるかのように脅している。
・具体的な事例も個別的自衛権で対処できるとする指摘が多い。
・PKOへの駆けつけ警護も事例に挙げているが、これは集団的自衛権の問題ではなくPKO活動での武器使用の問題である。
・報告書や首相会見で言われている「限定容認論」も最終的には政府判断となり、実質は前面容認と変わらない。
・自衛の名のもとに侵略戦争が行われてきたことを歴史は教えている。集団的自衛権が戦争への道を開く面があることを忘れてはならない。
・日本の安全や国益に必要なことは何か、現実を踏まえて冷静な議論を求める。
【日経新聞】
1面見出し「首相、『憲法解釈の変更検討』」
社説見出し「憲法解釈の変更へ丁寧な説明を」
社説要旨
・安倍首相が集団的自衛権の行使を可能にする方向で検討を進めるとしたことは日本の安保政策の重大転換だ。幅広い国民の理解が得られるよう丁寧な説明、粘り強い対話を求めたい。
・根拠となる報告書は中国、北朝鮮の脅威を例示し、冷戦期の米国の庇護に期待する対応は時代遅れと指摘している。
・日本も汗を流しアジア、世界の安定に貢献し、日米同盟の絆を強める努力が必要。
【東京新聞】
1面見出し「『戦地に国民』へ道」
社説見出し「行使ありきの危うさ 『集団的自衛権』報告書」
社説要旨
・「出来レース」の報告書を「錦の御旗」に、集団的自衛権の行使容認に踏み切ることは許されない。
・これまで政府は、集団的自衛権について国際法上の権利は有しているが、憲法9条で行使は認められないという立場を堅持してきた。
・国連憲章で認められた集団的自衛権は、歴史的にみると大国による軍事介入の際に行使されてきた。
・中国や北朝鮮が脅威だとしても外交力で解決すべき。
・歴代内閣の憲法解釈を一内閣の判断で変えることはいいはずがない。憲法改正をするのが筋。
・安保法制懇のメンバーは、最高法規としての憲法に対する畏敬の念に欠け、安倍首相の同調者ばかりである。
・安倍首相があげた事例は、現行憲法の枠内でも可能。
・カギを握るのは公明党。
【産経新聞】
1面見出し「首相、行使容認へ強い決意」
社説見出し「集団自衛権報告書 『異質の国』脱却の一歩だ 行使容認なくして国民守れぬ」
社説要旨
・日本の平和と安全を守るための当然の政治的判断がされようとしていることを高く評価したい。
・厳しさを増す安全保障関係の中で日米同盟の信頼性を高め、抑止力を強化する必要がある。中国の力による現状変更は認められない。
・冷戦が終わり、米国に一方的庇護を求めるわけにはいかない。
・集団的自衛権の行使を認めることで抑止力が増し戦争を未然に防ぐことができる。
・過去にも憲法解釈の変更はあった。
・危機を直視せず、不備を放置すれば[憲法解釈守って国滅ぶ]ことになりかねない。
・グレーゾーン対応や駆け付け警備の法整備を急ぐべき。
・多国籍軍への自衛隊参加を海外での武力行使として従来の解釈に立った首相には疑問がある。自衛隊活動への制約を解き、積極的平和主義の現実的対応を求めたい。